給食調理で落ち込んだ私を救った「美味しい」の一言

給食の新人が困った

病院給食の仕事を始めたばかりの頃、私は思うように料理を作れず、自信をなくしていました。

飲食店で長く料理を作ってきた経験はありました。

しかし、病院給食はまったくの別世界です。

決められた時間、分量、味つけ。

さらに患者さんに合わせて、刻み食やミキサー食なども用意します。

飲食店なら、味見をしてから、

「もう少し醤油を入れよう」

と調整できます。

しかし病院給食では、簡単に「ちょっと足しておこう」とはいきません。

自由に見えて、実は自由ではない。

まるで、見えない線路の上を大鍋を抱えて走っているような毎日でした。

給食調理の難しさに自信をなくしていた

病院給食の仕事を始めた頃の私は、失敗ばかり気にしていました。

  • 時間どおりに作業が進まない
  • 味が思うように決まらない
  • 慣れない作業で焦ってしまう
  • 周りの動きについていけない

長年料理を作ってきた自信も、病院給食の現場では小さくなっていました。

「自分は、本当にここでやっていけるのだろうか」

そんなことを考える日もありました。

料理人としての経験は長くても、給食調理師としては新人です。

プライドはベテラン。

動きは新人。

自分でも少々扱いに困る時期でした。

みんなでまかないを食べていたとき

その職場では、自分たちで作った料理を、みんなでまかないとして食べていました。

ある日、私の隣に若いヘルプの社員さんが座りました。

別の病院から応援に来ていた人です。

私は料理を食べながら、

「今日の味つけは大丈夫だったかな」

「火の入り方は問題なかったかな」

と、頭の中で一人反省会を開いていました。

口はモグモグ。

頭はグルグル。

給食調理師は、まかないを食べているときまで料理のことを考えています。

そんなとき、隣に座っていた若い社員さんが言いました。

「かずおさんの作る料理は、うちの病院より美味しいですよ」

私は一瞬、箸が止まりました。

「美味しい」の一言に救われた

その社員さんにとっては、何気ない感想だったのかもしれません。

しかし、当時の私には、とても大きな一言でした。

思うように仕事ができず、自信をなくしていた時期です。

「自分の料理は、これでいいのだろうか」

そう悩んでいた私にとって、「美味しい」という言葉は立派な表彰状でした。

賞状はありません。

トロフィーもありません。

残念ながら、賞金も出ません。

それでも、その日の私は心の中で金メダルを首にかけてもらったような気持ちでした。

「頑張ってきてよかった」

素直にそう思いました。

そして、

「もう少し頑張ってみよう」

と、また前を向くことができたのです。

給食現場では感想が聞こえにくい

病院や介護施設の給食では、料理を食べた人の顔を直接見る機会があまりありません。

飲食店なら、お客様から、

「美味しかったよ」

と言ってもらえることがあります。

しかし給食では、食器が戻ってきても、感想までは書いてありません。

きれいに空になった食器を見て、

「きっと美味しかった……はず」

と、自分に言い聞かせることもあります。

さらに給食現場は、毎日が時間との勝負です。

調理が終われば、洗浄と片づけ。

それが終われば、次の食事や翌日の準備が待っています。

まかないをゆっくり味わう時間も、なかなかありません。

食事をしているのか。

次の仕事を考えているのか。

本人にも分からないことがあります。

だからこそ、あの日にもらった「美味しい」という一言が、今でも心に残っています。

何気ない言葉が人を支える

言葉には、不思議な力があります。

言った本人は忘れていても、言われた人は何年も覚えていることがあります。

特に、落ち込んでいるときにもらった温かい言葉は、心の奥に残ります。

あの若い社員さんは、私を励まそうと思って言ったわけではないでしょう。

ただ、感じたことを素直に伝えてくれただけだと思います。

しかし、その何気ない一言に私は救われました。

今度は私が言葉を伝える番

給食の現場には、表からは見えない頑張りがたくさんあります。

早朝から厨房に立つ人。

時間に追われながら大量の料理を作る人。

失敗して落ち込みながらも、次の食事に間に合わせる人。

みんな、それぞれの場所で頑張っています。

だから私は、美味しいと思ったら、できるだけ言葉にして伝えたいと思っています。

「今日の料理、美味しかったよ」

「きれいにできたね」

「助かったよ」

ほんの短い一言でいいのです。

その言葉が、誰かの心を救うことがあります。

あの日、私が救われたように。

料理を作るのは手です。

しかし、「また頑張ろう」と思わせてくれるのは、人の言葉なのかもしれません。

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